館主の日記帳

多趣味貧乏な館主の、どうでも良い日常記録です。

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カーステレオ

もうすぐ車検です。2002年W杯イヤー生まれのMYデミオさん(毎回言ってるw)。
おそらく結構な出費になるだろうな…と予測していますが、まあ新しい車を買うよりは安いだろうと思うので。
色も形もサイズも何もかも、今のデミオさんを上回る車はないのです。
消去法で探すしかないのです。諦めるor妥協することが必須なのです…辛いMTドライバーの私( ̄◇ ̄;)。

そんなこんなですが昨年、ずっと気になっていたカーステレオを交換しました。
購入時の純正オーディオ(AM/FM/CD)に、当時はまだ主流だったカセットデッキをオプションでMDプレーヤーに換えてもらったものでした。
今やカセットもMDも過去の遺物的存在…
しかし、数年前からCDが突っかかって出せない事例が増えまして。
更にその後MDも同じような症状が出てきまして。
更に更に、CDの音飛びが異常なまで多発するようになり、殆どラジオしかマトモに聞けない状態が続いていました。
iPodをBluetoothで使うには別に良かったんですけど、買ったCDをすぐに聞きたいって時はちょっと不便。
微妙なストレスを抱えつつ騙し騙し使ってきたのですが、ようやく好みにあったユニットが見つかったので交換に至ったのでした。

新しく交換したのは、carrozzeria(パイオニア)のDEH4400
既に販売終了してる旧モデルだったので、オート○ックスで超バカ安!(8000円以下!)
システムはとってもシンプル。
AM/FM(ワイド)、CD-R/RW、iPhone/iPod/Android他App、USBデバイス。これだけ。
カセットもMDも聞かなくなったし、CDが聞けてiPodやiPhoneを使えてUSBも使えればそれで良いやって思っていたので、これで十分です。
(それに…いずれ車を買い換える時のことも考えて、高額なオーディオはいらなかったのです)
FullSizeRender-32.jpg

音の方は全然問題無し!音響ってこだわり出したらキリがないですし、そこまで耳肥えていないし。
何よりCDが音飛びしないので快適〜♪ボリューム上げても気持ちいい♪
長年使ってきたシステムと操作が違うので、未だ戸惑うこともありますが。
本体と工賃と、空きスペースに小物入れ付けたりしても20000円掛からなかったです。
以前は2DINだったのが1DINになって見た目もすっきりしました。良い買い物した\( ̄▽ ̄)/
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ペットロスかなあ

dearcat.jpg

うちの猫たち。
ホントはもっとたくさんいました。

一番最初の子は、近所のおばあさんが飼っていた雄猫でした。
時々うちの庭にやって来て、時々おやつをあげたりもしてました。
しかし一人暮らしのおばあさんが亡くなってしまったので、可哀想なのでそれからご飯をあげるようになると居着くようになりました。

その後、この雄猫のところに白黒の雌猫が通うようになりました。
あまり人慣れしていなかったのですが、何となくこの猫もうちに居座るように。
そうして、雌猫が子どもを産みました。
白黒が3匹、黒が1匹。雄3雌1。
二度目に産んだのは、3匹。雄1雌2。
この時の雌1匹が雄3匹を産みました。
最終的に12匹の猫が我が家の家族として暮らしました。

写真の上左&下中右は最初に産まれた雄。
エイズキャリアで、2歳の頃に大手術をして「あとは生命力に任せるしかない」と言われましたが元気に長生きしてくれました。
上中&中右&下左の子は、その雄の妹(二度目の雌)。
上右&中左の子は、その雌の息子。
一昨年に最初の子が19歳で、今年の冬に雌の息子が20歳で、そして今月のGW明けに雌の子が21歳でした。

20年以上、ずっと猫が家族の一員でした。
必ず何匹か一緒にいました。
私の子どもの頃には既に猫がいて、近所の叔母の家にも猫がいて、その後犬を飼ったり小鳥を飼ったり。
何かしら生き物がうちにはいました。
でも、今はいません。
最後の子をこれまで一番穏やかな形で看取れたのは満足しているのですが、何かこう…猫の声が聞こえない日常が非日常な気がしています。

朝、ごはんくれーと鳴く声もなく、そのごはんの用意をする必要もない。
でもって、ちょっとした物音が猫の足音や鳴き声のように聞こえたりもします。
いないって分かってるんですけどね。哀しいとか辛いとかじゃなくて、手持ち無沙汰な感じ。
19歳の子が死んだときは結構なロスで、1年以上過ぎても泣いてしまうこともあって。
それも他の子がいてくれたから落ち着いたのですが、それももういないから…毎日物足りなさを感じています。
まあ20年以上ですもんね、仕方ないですね…。

また新しい家族を迎えるご縁があったら良いな。
可愛がってきた子たちへの思い入れは深いけど、それとはまた違うのです。
いなくなったら次の子へ、という感覚は賛否あるかもしれませんが、きっとマッキーの「もう恋なんてしない」の最後のフレーズそのものじゃないかなと、周囲でペットを見送った経験のある友人たちを見ても思います。
ペットという家族が与えてくれた楽しさは消えないものだから、傍らにまた一緒に過ごせる子が来てくれるのを静かに待っています。
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元号

4月1日。新元号の発表で日本列島朝から晩まで大騒ぎでしたね。
私はといえばいつも通り明け方まで仕事だったので、「ま、起きたら決まってるな」的な感じで昼過ぎまで寝てました(笑)。
で、起きてテレビをつけて(おそらくどこのチャンネルもこの話題だろと)、「あ、へー」というのが第一印象でした…。
「和」は十分アリだなと予測はしてたけど「令」は予想してませんでしたね。
書類で元号をローマ字の頭文字に略したとき、明治=M、大正=T、昭和=S、平成=Hになるので、さ行、た行、は行(ふを除く)ま行はないだろうと思いましたが。

うん、初見では「へえ…」って印象でした。
まあ実際のところ、今まで聞いたことのない新しい言葉に出会ったら、誰でもそんな感じなんじゃないでしょうか。
でも、ちゃんと意味や出典を聞いた後にこの元号を見ると、「ほー…」と関心してる自分がいました。
ご存知の通り出典は万葉集。
残念ながら古典の知識はあまりない私でも、目で言葉を追うだけでその情景が浮かんできました。
初春に咲いた梅の花を愛でるために開かれた宴。
女性の白粉のように咲く梅の花、柔らかい風に漂う蘭の花の香り。
そのあとに続く文も含めて、何て雅やかで和やかな清々しい文なんだろう---------と、思ったのでした。

お偉いさん方の裏事情とかは正直どーでもいいです(笑)。
けれど、この文を出典に選んだのは「センス良いな」と個人的には思いました。
和歌(今回のは正確に言うと歌ではないですが)って、美しいな。
比喩的表現がとても好きなので、和歌の言葉の描き方って本当に美しいです。
つか、数年前からどーも万葉集に縁が深いわ(柿本人麻呂の「鳴る神の〜」ねw)。
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見上げてごらん夜の星を

夜、駐車場に出て空を見上げてみました。
夕べから朝にかけては台風並みの暴風雨でしたが、午後になってすっかり晴れたので星が見えます。
午後9時、明かりもまばらになってきました。
黒い空に星が輝いているのが見えます。

ああ、星が見えるなあ。
でも、もっとあの日はたくさん見えたなあ。
8年前も、確かこれくらいの時間に空を見上げていたと思います。
家の中がぐちゃぐちゃで、電気も水もないから自宅前にある会社の駐車場に車を停めて、母とその中で過ごした2日間。
何もすることがなくて、夜にふらっと外に出て近所の様子を見てまわりました。
電灯も着いていない、窓から漏れる明かりはぼんやりとしたもので、おそらくロウソクや非常用のランタンなどの明かりだったのだと思います。
歩きながら、ふと見上げた真っ暗の空に広がっていた星空。
まるでプラネタリウムを見ているかのような、無数の星。
こんなに星が綺麗に見えるんだと驚いたと同時に、その理由が街の灯りがないということにも気付きました。

この時期、あの頃の話をいろいろなところで聞きます。
私と同じように、あの日の星空の美しさを思い出す人もたくさんいるようです。
昨日もラジオでそんな話を聞きました。
まるで、「見上げてごらん夜の星を」の歌詞そのもののお話。
でも、あの日もそんな風に空を見上げていたかなあ?
私は星が綺麗に見える理由について、色々考えてしまいました。

町から電気が消えて、辺りが暗くなって、だからこんなに夜空の星が綺麗に見える。
と同時に、この星が見えづらくなるくらい、人工的な明かりに日々頼って来ていたのだなあと。
昔の人たちはこれが当たり前だったのだろう。
こんなに夜を明るくする必要って、果たしてあるんだろうか、って。
夜を明るくすることは、防犯には大切なこと。
だけど自然なことではないんだな、と思ってしまう自分もいる。
どちらが正しいのか……なんてことを、車の中で考えたりしていた3.11の夜でした。

答えは8年過ぎても出ないし、永遠に出ない答えかもしれません。
ほんとうの幸いってなんだろう。
-------わからない。それが正論なのかもしれないですね。
ただ、8年が過ぎてあの歌の歌詞を、落ち着いて反芻することが出来る自分がいます。
小さな星、小さな明かり、それは明るい夜には見えづらいかもしれないけれど、必ずそこにあるもの。
形がなくても、そこにあったものは記憶としてそこにずっとある。
いいこともわるいことも、抱えて生きて行くのが私たちの使命でもあるかも。
次の世代に伝えていかねばならない、と思います。

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古典芸能への招待

毎月最終日曜日の夜は、Eテレで古典芸能の放送があります。
歌舞伎だったり能だったり文楽だったり…と様々な古典芸能が楽しめるので、私にとってはプレミアムサンデー的な感じです。
昨日の放送は、能と狂言。
「柿山伏(狂言)」「附子(狂言)」「葵上(能)」の三演目。
後ろの二作品は、能狂言では定番中の定番のタイトルですね。「附子」は学校教育で触れる機会も多いと思います。

いやー、懐かしかったです。
私も最初に生で見た狂言は「附子」でした。2004年のことです。
「附子」と能の「葵上」。まさに今回放送された演目が、私の初・生能狂言だったのでした。
しかも能の「葵上」は、当時と同じ宝生流。思い出深いです。(※当時の「附子」は和泉流でした)

あれからもう15年です。
それまでに、いくつの演目を見て来たでしょうか。
こんな風にテレビでの観劇が当然だったのも昔の話。今ではあきらかに生で見る狂言の舞台の方が多いです。
毎年春と秋の2回。それを繰り返して今年で15年。
去年の春は残念ながら取れなかったチケットですが、今年は!ちゃんと!GETしてあります!\( ̄▽ ̄)/
IMG_0810.jpg
久々の3列目真正面でーすv。
「靭猿」も定番の演目ですね。どなたかの息子さんが舞台に立たれるのかな?
そういえば、この「靭猿」の初舞台に一喜一憂していた裕基くんが、もう立派な狂言師になっちゃって…。
お姉ちゃんも綺麗になっちゃって…こっちが年取るはずだわ(親戚のおばはんかw)。

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