2014_03
31
(Mon)10:57

あらびっくり!なこと

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ちょっと前の話ですが、今年も春のお彼岸にあちこちお墓参りに行って来ました。
自宅のお墓はお寺が割と近いので、毎月「ご先祖にごあいさつ〜」な感じで月一行くのですが、親戚や母の知人などのお墓も春と秋のお彼岸にはお参りに行きます。

その中で、母の知人というか、母や祖母たちがお世話になった方のお墓を毎回お参りします。
市内でも結構有名なお医者様の家系で、特に祖母が体調を崩した時は都内の大学病院まで付き添ってくれたりと、随分お世話になったようで、今もその先生の娘さんたちを含めて、母とはお付き合いが続いています。

その先生のご兄弟のお一人が、西洋画の画家の方でして。
昨年、「なんでも鑑定団」に絵が登場して(依頼者は全く他人でしたが)、結構びっくりな鑑定額が付いたもので、母とΣ(゚□゚ノ)ノとなったものです(笑)。
鑑定額が出る前にその作品や作者について、簡単な解説とかありますよね。
それを見たら、凄い画家さんだったんだ…と改めてびっくり。
なんと、国立近代美術館にも作品が収蔵されているそうですよっ!
ひえええ、そんな巨匠だったとは!

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2014_03
29
(Sat)17:57

13周年

昨日ですが、うちのサイトが13周年を迎えました。
最初はメインサイトの分室みたいな感じだったのが、そちらを潰してこちら一本メインに絞っての再出発だったわけですが、こんなに長く続くとは思ってなかったですねー、ホントに。
以前のメインサイトは「自分の好きなものを全部ぶちこんだ、完全に自分の趣味だけのサイト」でした。
なので、扱っているジャンルはバラバラ。
更新頻度が多いコンテンツと、あまり更新はないけど自分の好きなコンテンツというのが混在していて、自分でもすべてを理解出来ていなかったので、当時の読者様は読みにくかっただろうなあと思います。

自分は多趣味過ぎるので、好きな方向があっちに行ったりこっちに行ったり、一定してません。
少女マンガでも少年マンガでも「これは好き、これは苦手」、恋愛映画でも「これは好き、これは苦手」と、ひとくくりのジャンルでまとめられない性格です。
その他にサッカー好きだったり、庭いじり好きだったり、もうしっちゃかめっちゃかです(笑)。
だから、逆にコンテンツを頑固に一本に絞った方が、こうして長続きしやすかったんじゃないかと思います。
他人から見ると器用に見えるようですが、全然不器用ですしね!
聖徳太子みたいに、10人の話を一度に聞くようなこと出来ませんですよ(例えが大きすぎw)。
なので、いろいろなコンテンツを同時に扱えるような人を、尊敬します。
っていうか羨ましいです、その器用さが( ̄∇ ̄;)

そんなこんなで、気付いたら13年、始まっちゃった14年目です。
サーバー更新しちゃったので、嫌でもあと1年は続きますよ確実に。
でも、1年後も当たり前のようにサーバー更新して、また15年目が始まるんだろうなと思います。
お越し頂いている方は今と昔で、かなり入れ替わっているかと思いますが、ワタシにとってはどの時代でもパワーを頂いている大切なユーザーさまです。
ありがとうございますほんとに!
おかげさまで長く楽しく続けていられます!

どうぞこれからもよろしくお願いします。がんばりますのでー!

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ジューンベリーのつぼみが、ほころび始めました。
いよいよ春が本番を迎えそうですね。
2014_03
26
(Wed)23:44

日付変更ギリギリですけども

和彦さんお誕生日だそうですよ。
まあ、60歳ですってよ。
おめでとうございます。

で、さっきまでBS見てましてね…。
こちらの方々も来月60歳ですねww
何か、長いおつきあいの方々が一気に還暦を迎える2014年(笑)。

多分まだまだ長くお付き合いすることになりそうなので、今後も引き続きお元気でよろしくです(* ̄∇ ̄*)。


ってか、あまりにBSが懐かしい内容だったもんで、青春時代を思い出しましたわw
結成も40周年だし、この際自分の記憶振り返りな感じで、ブログに想い出話を綴ってみよーかしらと思いました★
2014_03
15
(Sat)21:18

シェイクアウト訓練

先日3/13に、水戸市内でシェイクアウト訓練がありました。
シェイクアウト訓練っていうのは、アメリカでスタートした一斉防災訓練で、学校や企業でやっていた防災訓練をもっと拡大したようなものらしいです。
基本は、災害が起こった時、その場で即座に身を守る方法を取るための訓練で、市内の参加施設や企業などが決まった時間に一斉に訓練を開始するんだそーです。

今回水戸市ではローカルラジオ局とコミュニティFM局が主導を取り、ラジオから訓練の指示を行う形でした。
参加企業は開始時間までにラジオをつける→訓練開始→災害発生の放送→避難指示→指示に従ってその場で身を守る対策をする---といった感じ。
3.11の時は電気が完全にストップしましたから、TVでの状況確認なんて出来なかったし、現状を確認するには電池が使えるラジオだけでした。
それまでは、ラジオって一歩後ろに置いたメディアって感じでしたけれど、あれからラジオの存在がガラッと変わりましたね。
車に乗っていても、割とラジオを聞くようになりました。それも、ローカル番組。
もしその場で地震や災害が起こっても、すぐに情報を伝えてくれますからね。
テレビよりも、ラジオの方が信用出来る気がします。

そのラジオ局が誘導する形で、行われたシェイクアウト訓練。
私は運転中で参加出来ませんでしたが、ラジオで様子を聞いたり専門家のお話を聞いたりしていて、「なるほど〜」と色々改めて思いました。

その矢先、西日本で深夜にかなり強い地震が起こったとのことで。
水道管が破裂したり、怪我をされた方もいらっしゃったようですね。
深夜ですし眠っている方が殆どという時間、パニックになった人も多かったのではないかな〜と思います。
で、訓練の時に専門家の方がお話していたことを、ふと思い出しました。

夜中に強い地震や揺れが来たときは、起き上がったりせずに布団をかぶって揺れが止まるまで待つ。
慌てて逃げようとか避難を、と考える方も多いですが、真っ暗な部屋で歩き回るのは一番危険。
なので、取り敢えず布団をかぶって揺れが止まるのを待つように、とのこと。
更にまくらを頭に乗せて、布団に潜るのが良いそうです。
確かにそう言われてみればそうですね。
暗い部屋の中で、もしかしたらタンスや棚が落ちてくるかもしれませんしね。
布団やまくらをかぶれば、防災頭巾みたいな効果がありますからね。

ベッドや布団の近くに、スリッパを置いておく。
揺れが止まったとしても、部屋の中に何かが落ちたりしているかもしれない。
もしかしたらガラスが割れているかもしれないし、暗い中を裸足で歩いたら怪我をする、ということで履物を置いておくと良いそうです。
そういえば3.11の時、友人宅は棚のグラスが落ちて床に散乱してしまって、仕方なく靴のまま家に上がったと言ってましたね。

あの時から、いろいろな防災対策を自分なりに考えてきましたけれど、まだまだハッと改めて気付くこともあります。
備えあれば憂い無し、ってホントですね。
自然災害を止めることは不可能。
その災害が起こった時に、どこまで対応出来るかを考えて行かないといけないですね。
2014_03
15
(Sat)20:44

拍手お返事です>クロスロード

02/28 16:37の方へ

こんにちは〜♪レス遅くなりましてすみませんです★
Z会のCM、良いですよねー。
120秒verに見慣れてしまうと、TVの15秒verが物足りなく感じちゃいますw。
でも、たった2分なんですよね。120秒の中にちゃんとストーリーが出来上がっているのが素晴らしくて、もう(笑)。
それにしても、お子さん方は情報が豊富ですね〜!
ワタシは残念ながらやなぎなぎさんは知らなかったのですが、お子さん方はご存知だったとは(^▽^)。
最近は色々な媒体で音楽に触れる機会が出来ていて、CDを聞いたりTVを見たりするだけに留まりませんものね。
そういうメディア展開は一喜一憂なところもありますが、表舞台に出ているものばかりが良いものとは限りませんし、ジャンルに捕われずに自分の好きなものを探して見つけたり出来るのは良いものですよね。
その中でちょっとしたことから、転々と繋がって行くものがあったりして、驚いたりすることもしばしばです。
例のお三人さんを通じて、長く付き合っている友人も結構いるのですが、気付いたら何故か同じ乙女ゲーにハマってたりww
うちのサイトに来てくださる方にも、あのお三人さんのファンが結構いらっしゃったり…w
人の縁って、どんなことで繋がっていくか分からないものですね〜(* ̄∇ ̄*)
2014_03
11
(Tue)14:46

3年目の日に

えーと、相変わらず執筆作業中なので、こちらのブログ自粛中ではありますが、この日だけは留めておきたいので。

今日も茨城の水戸は良い天気です。
ちょっと風が強いので外は寒いですね。
でも、やっぱり太陽が照っていると暖かさはあります。日差しが入らない室内では、気温が高くても暖かくありません。
『太陽神』という言葉がありますが、ホントに太陽って神様。
あの日差しがなければ、明るさも暖かさも感じられないし、気温も上がらない。
植物もなかなか育たない。太陽のありがたみ、しみじみ感じます。

3年前もそうでした。
私の地域はしばらく雨も雪もなく、昔の言葉で言えばピーカン。真っ青な青空と白い雲の良いお天気でした。
なので、外を歩き回るには最高の気候。暖かくて風も少ないお天気続きでした。
ただ、外を歩き回ることの意味が単なる散歩ではなく、あちこちの被害を確認するための行動だったことが、今と違うことでした。
家の中はあちこちが散らかっていて、しかも奥ばっているので日が入らない。
そして電気は通じないから暖房も使えない。水も出ない。
正直、家の中にいる意味がなかったのでした。
なので、昼間は暖をとる意味もあって、外を歩き回ったりしていたのでした。
あと、安否確認ですね。ご近所の。
しばらく会ってなかった友人が、散歩と買い物を兼ねて顔を見に来てくれたこともありました。
遠くの親戚より近くの他人、こういう時はそれを実感しますね。
ただし、それでも寄り添えない人や力を合わせられない人はいますが…残念ながら。

まあ色々とそんなこんなの、振り返っても同じことしか思い出せない、2011年の3月11日14時46分です。
風化させないように、忘れないように、とあちこちで繰り返されていますが、被災した人たちは風化もしないし忘れようと思ったって出来るわけがないです。
どんなに遠い記憶になっても、消えることなんてありゃしない、それがあの日の記憶です。
悲しいかな、嫌な想い出や辛い想い出ほどこびりついてしまう。
風化させないでください。忘れないでください。
被災しなかった地域の方々に、この言葉は伝えたい。
まだ、立ち上がれない人がいること。立ち上がった人が、身体を支えきれなくなっていること。
誰もが抱いた希望が、実現にまだまだ近付いていない。

人の置かれた環境はそれぞれ違うから、被災した方々も想いが違う。
でも、相手を否定していては始まらないし。
そういう考えの人もいる。自分とは違うけれど、その人は何とかそれで自分を回復させようとしている。
もしかしたら、その人が回復出来れば、他の人たちの回復につながる何かになるかもしれない。
プラス思考。能天気かもしれないけれど、そういうどんなことでも良い方に考える気持ちも、やっぱり大切だなと思ったりします。

3年が過ぎて、目に見える形の復興より、そんな人の心の復興が気になり始めました。
そして毎年、この日のあの時間に黙祷とともに、心の中で賢治の詩を暗唱します。

誰もが、そういう人になれますように。
もちろん、私自身も。