2016_03
11
(Fri)22:55

5年後

あれから5年が過ぎました。
Twitterなどは日々つぶやいていれば、どんどん言葉も流れて消えて行ってしまうけれど、ブログなどはログとして一定期間残るものですから、遡ってみると色々思い出されますね。
5年という節目でもあるため、今日はあらゆるところで追悼や当時を振り返るきっかけが溢れています。

まあ、改めてそういうきっかけを作らずとも、たかが5年が過ぎただけ。
身体に染み付いた記憶が薄れることなど、到底ありません。
今でもヘリの音を聞くと不安になる。
夜に聞こえる救急車の音を聞くと不安になる。
数日間、四六時中昼夜問わず上空ではプロペラの音が、救急車のサイレンが鳴り響いていました。
そして午後2時46分、体感した揺れの感覚は鮮明に覚えている。
時折起こる地響きのような地震のときは、今もとっさに身構えをしてしまいます。

わずかな時間にたくさんの事が起きた。
分かっているのに、それらを正確に受け止められる術がない。
沿岸の津波の映像を目にしたのは、3.11から既に3日ほど過ぎてからでした。
あまりに常識を超えた映像に、頭が理解出来ないまま目に映している間に、今度は原発が爆発。
次から次へと起こる出来事に追いつけなかった、5年前の3月でした。

5年の間に公私共に変化もあり、現在は決してゆとりある生活とは言えません。
3.11がなかったら、今も少しは楽な暮らしが出来ていたのでは…と思うこともありますが、何でもかんでも3.11のせいにしてはダメですね。
元々別の問題があって、3.11がその後押しをしただけのことかもしれませんし。
そうならば、まず基盤を考え直さなければリスタートは出来ません。
…まあ、これは私個人ではなく別のことなので、私が考えても仕方ないことなんですけれど。
でも、そういう考えは多方面で、あると思います。
5年経って少し落ち着いて物事を見て、聞いて、考えられる状態になった今だから、改めて細かいことを考え直してみるのもアリかなと思います。

5年前、水も電気も使えない中。
これからどうすればいいのか、どうなるのか考えつつも、どこか地に足がつかず放心状態のような感じで過ごしていた時、庭で咲いていたクロッカスの花。
こんな状況でもちゃんと咲いてる。
つぼみをつけて花を咲かせるのがクロッカスの役目。
それをちゃんとこなしてる。震災の中でも当たり前のように。
あれから、毎年クロッカスを必ず植えるようになりました。
今年も、綺麗に咲いています。自分の役目をこなしています。

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クロッカスの花言葉は「切望」。
今日よりも明日はもっと良いことがありますように。
心から切望します。
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C.O.M.M.E.N.T

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